春一番、そしてアジアと高熱とフラワーショップ
2008年2月29日 10:00 - cityside (office)
Sat.
天気がいいのは素晴らしいことだ。見たくもない脹ら脛のストッキングの伝線だってチャーミングに映る。関東の太平洋沿岸では、春一番が吹いたという。
Mon.
午後から「東京・上海・ソウル 東アジア3大都会のゆくえ」というシンポジウムに参加した。とあるビルの40階だ。その席で、都市政策の専門家の一人が「東京は機能的で清潔だということにかけては相対的には相当に高い水準にあり、あとは文化をどのように付与してゆくかだ」と述べた。果たしてそうだろうか。文化は澱みに生まれる。機能が優先し、一様に清潔で平板なところで何かが生成されることは、些か考え辛いように思う。多摩川アートラインプロジェクトは、今年から少しステップアップして、東京・北京・ソウル・台湾というアジア4都市の交流事業となる予定だ。
Mon.
その夜、モンキー・パンチさんにお目に掛かった。仲本工事さんとハービー・山口さんの中間といった容貌の、小柄で穏やかな、ヒューマンタッチな方だった。聞いた所では、酒も飲まないそうだ。日本的なウェットと親しみという名の大衆性が充満していたであろう当時の漫画界にあって、いったいモンキーさんの何が、『ルパン三世』のような西洋的画風とダンディズムを死守させたのだろうか。純粋で只ならぬ想いの人なのだろう。
Tue.
日付が変わる頃に吐き気と悪寒で苦しみ出し、夜明けを待って日赤の救急へと駆け込んだ。実に6年ぶりの高熱で2日間寝込み、その後も5日間、1滴の酒も口にしなかったのだが、それも6年前の2月以来のことだった。その間は、薬の影響か、食事がとれなかったからか、思考に連続性がなく、反射神経も鈍く、おそろしいことに記憶力もどこかおかしいようだった。身体に力が入らないと、思考はおろか、意志や目にも力が入らないということがわかった。
Fri.
翌日にオープンハウスを控え、アレンジメントを注文しに久々に六本木の「ゴトウフローリスト」を訪れた。アネモネ、ラナンキュラス、スカビオサ。2月に気持ちが沈まないですむ場所があるとすれば、それは街より一足先に色彩で溢れかえるフラワー・ショップとアパレル・ショップぐらいなものだ。両所は色彩とテクスチャーの関係を学べるほとんど唯一の教科書といってよく、それはそのまま僕が港区を離れられない理由にもなっている。
H.



